おとうと そろそろ居間へ戻ろうかと、立ち上げていたパソコンをシャットダウンする。ディスプレイに映っていた映像が、パチンという中で何かが弾けるような音を残し、ブラウン管の奥底へと吸い込まれてゆく。そうして真っ黒になったディスプレイのガラス面に、わたしの顔が映る。その背後で何かが動いた。机に向かって腰掛けていた回転椅子を廻し、振り返る。いつの間に入ってきて、いつからそこにいたのか、わたしの部屋のベッドの上には弟が座っていた。 弟は、わたしが今日の学校帰りに買ってきて、そのままベッドの上に放置してあった三冊の雑誌のうちの一冊を拡げ、ページを捲っている。 「また勝手に入ってきて。ノックくらいしなさいよ、一応女性の部屋なんだから」そう言うと、その時はじめてわたしの存在に気付いたかのように弟は顔を上げ、黙ったままニッと笑った。 「女の子のファッション誌なんて読んでも、あんた面白くないでしょ」その表情に怒る気も失せ、ふうと溜息を吐きながら言う。弟は答えない。黙ったまま、ただ甘えたようなその笑顔をわたしに向け続けている。 「いいわ。わたし下降りてるから、あんた好きなだけそこで読んでなさい」 椅子をくるんと半回転させ立ち上がる。弟は顔を雑誌へと戻し、再びページを捲りはじめる。わたしは弟を残したまま部屋を出て、ドアを閉める。階段の電灯を点け、一階の居間へと降りてゆく。 階段を降りながら、ふと想い出していた。「ファッション知るなら女の子雑誌の方がいいよ。街でみつけたいいオトコ、みたいなコーナー。そういうとこ見た方が、男向け雑誌何冊も読むよりずーっと参考になると思うんだよね」以前に弟が吐いた台詞。来年の春には高校生。男の子になったんだな、変わったんだな、と思ってくすっと笑った。 階段を降りきり、居間のドアを開ける。両親はもう寝床についていて、誰もいない部屋に蛍光灯だけが灯されている。そういえばわたし自身も変わったな、と思う。以前なら、弟が黙って部屋に立ち入ることも、買ってきた雑誌に指を触れることすらも、絶対に許さなかっただろう。わたしの部屋はわたしだけの部屋。わたしが買ってきたものはわたしだけのもの。わたしは両親に対しても弟に対しても、そういう意識が特に強かった。でも今は違うようだ。両親に対しては相変わらずだが、少なくとも、弟に対しては。 居間の壁際に眼をやると、そこに弟がいた。その前で床に正座し、弟と向き合って座る。「少しはお姉さんらしくなってきたかな」そう呟く。遺影の中で弟は微笑んでいる。想い出の中の住人になってはじめて、わたしはようやく弟にやさしくできるようになった気がする。 Kaeka index. |